「佐助、」
すっかり乾ききった唇が細く皺枯れた声を紡ぐのを佐助はただ見ている。思えばあれから幾年季節は巡ったのだろうか。
驚くほどの年月が経ったというのに佐助のその姿は昔と何一つ変わるところなく、強いて云えば佐助の変わることなかったその歳月の間に変わってしまった世が彼に往年のあの忍装束を着ることをやめさせてしまったことぐらいであろうか。彼は今も昔と変わらずここにいる。不気味なほど、昔と変わらずに、ここにいるのだ。
「若旦那、いらっしゃい」
瑞々しく張りのある声。かつて常に若虎の隣に控えていたときの声は、それこそ信之に一抹の不気味ささえ覚えさせた。
――執念。
その言葉を聞いたとき、信之はぞっとしたのだ。執念。佐助の妄執は恐ろしいものだった。だから彼は逆らった。ありとあらゆる全てのものに逆らった。死んだ弟に対する執念がそうさせた。彼はありとあらゆるものに逆らうことを厭わなかった。それこそが彼の執念に他ならず、ありとあらゆる全てのものにあらがった結果、彼の朝日は止まったまま今に至るのだ。彼の中では弟は未だ死んではいなかった。彼が数十年前のあの日のままここにあるように弟もまた数十年前のあの日のままどこかにあるのだ。あるはずなのだと佐助は自嘲気味に嗤う。すべてを知りながらそうして佐助は、死んだ弟をこの世に繋ぎ止めた。
「旦那はこないよ、わかってる」
「佐助、では何故、」
「でも、だからこそ俺は待っていなきゃいけない」
佐助は狂ってなどいなかった。ただただ、焦がれているにすぎなかった。弟に?戦に?死に?そんなもの、どれでもいい。とるに足らない問題だ。かつて弟に愛され弟をなおも愛し続ける忍のその瑞々しい身体の中には、がらんどうしかない。それは事実だ。それだけが事実だ。
だから彼は過去にするのだ。そうするためにここにきた。かつて弟に愛され弟をなおも愛し続ける忍、かつて信之も愛した忍の面影はそのままに空っぽになってしまったただの男のために。我らが愛すべき愚か、我らが誇るべき御大将の輝かしくもはかないその生きざまはたった一言で過去になる。
「源二郎は、」
美しく残酷なその一言が風を伝い空気を揺らし彼のこころに触れたとき、彼は、とうの昔に空っぽに成り果てた執念は、どんな色を見せるのだろうか。
季節外れの紅い葉が風に乗って彼方へ消えた。彼が死んで、もう二十余年になる。
(愛すべき影は生きる、愛すべき主人が消えてもなお、)
今年もやります、大阪夏の陣真田追悼。信之(幸村の兄)好きすぎるよねわたし。捏造ですよ、モブですよ!皆様騙されませぬよう!
ともあれ真田幸村は英雄。ずっとずっと英雄。
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