「絶対に返さない……、何に変えても守り切ってみせる!」
「ダァホ!その無駄なキメ顔やめろやァ!!!」
バキッ。
新しくはあるが狭い部室で日向のラリアットが極(き)まり、二年一同は溜息で、一年一同は肩を竦めてその光景に順応した。彼らは皆、一様に同じことを思っている。
(……バカだ………)
日向渾身のラリアットを受けてなお、けろりとしている木吉は胸元で小さなものを壊れ物のように丁寧に抱いてぶうぶう文句を言う。
「なーいーじゃん順平~、子猫の一匹や二匹ぃ~」
「却下ァ!猫なんかすぐに大人になるだろーが!それメスだろ?」
「………………ちがう!」
「その間は何だ貴様ー!さっきメスだっつってただろお前!!!妊娠とかしたら一匹二匹の問題じゃなくなるだろーがアホ!」
「じゃあ俺が責任取って、お腹の子のお父さんになるわ。血は繋がってなくても俺とコイツの子だ、それでいいだろ?」
「何ネコとデキ婚しようとしてんだお前!」
何てアタマの悪い戦いだろう。身内が見たら頭を抱えて将来を憂うであろう、低次元の戦いの始まりは、ご明察の通り、一匹の猫である。
夏真っ盛り、ギラギラといっそ凶悪ともいえる太陽が照りつけ、人間たちをも照り焼きにしようと目論んでいるかのような夏。夏休みまでもう少し、という雰囲気は学期末でドン底まで落ちた学校の活気をまた取り戻していた。浮き足立ったこの学校の中でいちばんげっそりしているのは勿論、連日太陽のご機嫌よりも鬼カントクのご機嫌で跳んで走ってダンクしてと大忙しの男子バスケ部。だがしかし、この浮き足立った誠凛高校の中で最も浮き足立っているのもまた、バスケ部の、木吉鉄平という男だった。もっとも、彼はいつも浮き足立っているだろうと言われればそれまでだが。
夏休みまであと数日、という一学期最後の日曜日。木吉は珍しく、開始時間に余裕をもって体育館に姿を現した。やけに丁寧にエナメルのスポーツバッグを抱えた木吉の傍を、掃除をしていた降旗が通りかかると、木吉はニコニコしながら彼を呼び止めた。
「なぁなぁ降旗、見て」
「何ですか、……おわ、かわいー」
促されるがままにエナメルを覗き込むと、可愛らしい子猫が円い眼でこちらをじっと見ている。と、にゃあ、と細く鳴いた。声は細いが弱々しくはなく、単に知らない人間と場所に怯えているだけのように見えた。
円らな瞳は碧がかった茶色。エナメルバッグの中から急な世界の拡がりに瞳孔がきゅう、と窄まる。
「かわいっすねー」
「だろ?!着いてくるから振り払えなくてさあ」
よしよし、と子猫を抱き上げる腕は小慣れていて、動物好きな人なんだなぁと分かる抱き方だった。降旗も猫は好きだから分かる。好きな人と、好きな動物。見ているとなんだか幸せな気持ちになる。好きが並ぶと足し算じゃなく好きの二乗になるんだなぁ。
降旗が和んで猫の耳の後ろを掻いてやっていると、木吉は溌剌と一言。
「これ、部で飼えねーかな!」
「炎天下にこんな小さな命放り出すなんて可哀相じゃないか!」
「可哀相なのはお前の頭だ!そんなに可哀相だっつーんなら自分ちで飼え!」
「うち鳥いるんだ、あとハムスター」
「嘘だろ」
「…………まあ実際さ、犬とか飼って情操教育とする部活とか学校もあるらしいしさ、」
「嘘なんだな?よーし分かった、表出ろやぁ!!」
それは、さすがに無理なんじゃないですか。それとなく伝えても甲斐無く、結果がこれである。
そうでなくとも木吉の言い分は分が悪い。まるで子供の駄々だ。
(……そんなに猫好きなのかな)
言い合いに加われない降旗はぽつり、そう思う。少し胸がすうすうするのはこの騒動に疲れているからだと、自己暗示をかけながら。
結局、猫は木吉の家で飼うことに落ち着いた。当然といえば当然の結論だった。
「みんなで愛でてやろうと思ったのになぁ」
「みんな何だかんだ満更でもなさそうでしたからね…特に黒子」
あと立場上訴えを退けた日向も、本当はいちばん諸手を挙げて賛成したかった人間のうちの一人だろう、というのは降旗の推測で、たぶん正解だと思うのだが、黙っておく。せっかく落ち着いた争いを再び蒸し返すなんて野暮なことはしない。
「なー、ネコぉ~」
「名前、付けてあげればいいじゃないですか」
うりうりとめちゃくちゃに猫の頭を撫で回してさっそく胡乱気な目で見られている木吉に苦笑しながら、降旗は言う。飼うことになった以上名前くらい付けてあげれば、と。
「んー…んにゃ、ネコでいいや」
「えー、可哀相じゃないですかそれ」
「いーの!」
言った傍から、にゃんこー、と言いながら肉球の感触を楽しむ木吉の笑顔に、結局、「名前ネコじゃないんですか」というツッコミも言えやしない。
(……ネコ、かー…)
「センパイ、」
「ん?」
「……ネコにかまけて俺のこと放っといたりしないでくださいよ」
一瞬、きょとん、として。
「りょーかい」
猫に嫉妬だなんて俺の彼氏もなかなかかわいいなぁ、笑うと、赤い耳の彼氏は不満そうに膨れた。不貞腐れたその表情が図星だと、語っている。
・・・木吉がそのネコのことを家では―――本人に向かっては一度も呼んだことのない―――降旗の下の名前で呼んでいる、というのは、また別の話。
にゃんにゃん!おめでとうございます!相変わらず粗くてすいません!^^
この猫が妊娠したら木吉はどうするんだろうか^^^^^
1.「うちのに手ェ出したのどいつだ?^^」
2.「降旗、俺とお前の子……っ」「はい?」
むしろ私の妄想はどうなるんだろうか……
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