あなたのいちばん幸せな世界なんて、消えてしまえばいいと思ったの。
何の含みも、一切の邪気さえも伴うことなく少女はわらう。うつくしい笑みに、古泉はぞっとした。無邪気、ゆえの邪気。彼女の長い髪のように、艶やかで、深く暗い、(彼女の瞳のように鮮やかに沈む、色のように)。
0と1と神につくられた少女は感情を知らない。真っ黒で真空の、針で突いたような光の漏れる夜空に生まれた彼女はやっぱり、真っ黒で真空の、針で突いたような光の漏れる夜空しか知らないのだ。冷たい冬の澄んだ空気は、ここが彼女たちの生まれた場所とは違うことと、この何万メートルも上に浮かぶ暗幕がこの世界の一部であること、両方を伝えた。
「あなたの幸せな世界なんて、きっとすぐになくなってしまう」
彼女―――朝倉涼子は射抜くような視線を向けたまま、闇のなかで呟き続ける。同化してしまいそうな闇の中で、しろい呼吸の靄さえ見えやしない。このまま闇に融けてしまうのでは、古泉はばからしい空想をして、やめた。彼女は澄んだ声で語り掛け続ける。あなたの幸せな世界なんて。あなたの幸せな世界なんて。あなたたちのせかいなんて。
「いつか絶対にあなたは私のもとに来るんだわ」
す、と彼女が天に指先を伸ばした。ぴんと伸びた背筋からのラインは後悔などひとかけらも見せやしない。
「ゆびきりげんまん、」
にこりと笑って彼女は古泉に背を向ける。彼女のからだはすでに針で突いたような光のようになって消えようとしている。じゃあね。細い声が彼を呼んでいる…―――。
古泉一樹は目を覚ました。
時刻は朝7時。ああ、今日は市内探索の予定が入っていたか。昨日の夜選んでハンガーに掛けておいたコートを見て、徐々に覚醒。入れ替わる記憶のなかに彼女の姿は、もう、ない。
何のことはない、普通の日常はまた始まろうとしている。
古泉←朝倉バージョン消失。他のサイトさんを見ているとどうも私は消失をあまりにも流し読みしすぎて消失の内容自体を頭から消失させ、かつ誤解しているらしい。開き直って、いっそ清々しくまったく別物にしてみた。
長門の願う世界があれなら、朝倉の願う世界はどうなんだろう。バックアップだし、そんなに力はないだろうけど時々古泉の夢枕に立ってたらもえる。(私が)
そんな話です。
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