僕の知らない人。一生知るはずもない人。
「わたしの初恋の人はね、古泉、あなたにそっくりだったわ。あなたみたいになんでもソツなくこなすように見えて、そのくせひとりではなんにもできない弱虫だった。いつも影で努力して、失敗して、人前で笑っていた。そんな、」
そんな素敵な人だったの。
だいたい、森さんが僕を褒めるときだなんて大抵ろくなときではないのだ。今時の女は得てしてリアリストである。裕さんがそう云っていたのを思い出す。森さんを見る限りなるほど確かにそのとおりで、僕の痛いところばかりをついては今日の動きはこうだった、この発言は悪かったと淡々と如何を口にする。(あまりにも率直なそれに新川さんがフォローしてくれるときまであるほどだ)誰に問わず現実を厳しく見据える目を持っている。
だから、彼女がもしも・だとか、思い出だとか、そんなものを語りだすときなんかは大抵ろくなときではない。まして、その目蓋がとろりと落ちかけ、呂律も語彙も覚束ないような状態であれば、尚更である。
「ねえ古泉、わたし、何がいけなかったのかしらね」
「何、でしょう ね、」
やけに高そうなお酒のグラスをカランカランと回しながら今回破局した相手(ふたつ年下で会社員の男、たしか期間は半年くらいだったか)について語る森さんはかつての初恋の象徴としてはいささか荒みすぎている。それにしても僕という男は健気だと思う。もうこれが何度目かも覚えていないこの破局報告会はいつから始まったものかとっくに忘れてしまったが、そのたびにどうしようもない格差を感じざるを得ない。
「あーあ、もう嫌になっちゃうわ、」
古泉、あなた、どうかしら?
それでも、ええ喜んでと云ったら怒るくせに、本当に、めんどうくさいひとだ。
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