1.堂上教官と郁ちゃんとこ2月14日です。世間一般に云うバレンタインというやつで、みんな気を利かせたのかそれとも単純に私用なのか、事務所には誰もいません。
ただひとり、彼を除いては。
「……笠原、」
「はいィッ?!」
「茶」
「…はい……、」
ですよねー!真面目一徹でお堅さ一番の堂上教官がバレンタインなんてお菓子業界の策略に乗っかっちゃったりしませんよねー!
鞄の中に入れた手作りのチーズケーキがせつない。渡せるはずもないのに、甘いものが苦手な教官だからなんて考えて、結局この前美味しそうに食べていたチーズケーキにしてしまったけど、それを決めるのにも一週間もかけちゃったり。ばかみたい。
「……………あと甘いものがほしい」
だから、この時間差爆撃に盛大にポットを落としてしまったことも、しょうがないじゃない!
2.小牧教官と毬江ちゃんとこ2月14日。可愛い年下の恋人と会いたいがために午後だけ休みを取った。といっても会うのは職場で、これってなんだか弁当届けてくれる新婚の奥さんみたいだな、なんてにやけが止まらないのは高校生ながらも美人な彼女を振り返る同僚・後輩の視線からの優越感からである。残念でした、この子は俺の自慢の彼女ですよと云ってやりたい。云わないけど。
そんなバカなことを考えながら(俺相当やられてんな)ふと、隣でくいと袖を引く感触に視線を下げる。
「…小牧さん、これ、」
「お、」
「作ったけど、上手く出来たかどうか…ちょっと甘すぎるかもしれないけど、」
「大丈夫、俺結構甘いの好きだし。―――それよりさ、」
こんな狼どもの巣窟抜け出して、ちょっと羽を伸ばしてみませんか、お姫さま。
3.手塚君と柴崎さんとこ「あんた本当にラッキーよー、この柴崎さまからチョコがもらえるなんて」
「お前は何様だ」
「バレンタインはなんといっても女が主役ですから」
隣の美人が器用にラッピングされた包みをぷらぷら揺らしながら悪戯気に笑った。桜色の唇がきれいな弧を描き、美人のこういう表情における殺傷力の高さを身をもって経験した。(なんて、できればせずに一生過ごしておきたい経験だった)(なんという心臓負荷だろう!)
「で?あんたは?」
「は?」
「お返し。三倍返しが常識よね?」
「…一ヵ月後だろ普通」
「この柴崎さまを一ヶ月も待たせようと?」
悪戯気な笑みがさらに深くなる。小悪魔と形容するにぴったりの瞳を視線がかち合い、交わった瞬間、俺は悟った。あ、駄目だ俺、完全に落ちた。
「…どこ行きたいんだ?」
PR