チャリ、盗まれたんだよ。
仏頂面で彼は切り出す。僕のせいで押し間違えたというブラックコーヒーは未だ細い湯気をのぼらせて、それでも結構な寒がりなのであろう彼はそれをしっかりと握り、ちびちびと飲んでいる。
「だって有り得ねえだろ、二分だぞ二分!コンビニ行ってついでだからと思って自販機にコーヒー買いに行った二分間でパクられるとか思わんだろ、普通」
そんなんでいちいち鍵なんかかけてられっかとふて腐れる彼。それはとんだ不運でしたね、ああかわいいなあ、でもそれより手を繋いでほしいなあ、そんなコーヒーに右手を預けるよりたぶんずっとあたたかいのに、ああでもそれよりそんなことよりできればキスしてはくれないだろうか。申し訳ないことに僕の頭の中は彼の愛機よりもそんな衝動を抑えるのに重きを置いており、男子高校生の本能なんてこんまものかと自分の大脳辺縁系あたりを嘲笑う。
「おい、古泉、」
俺がこんな不幸に見舞われているというのにニヤニヤするんじゃねえよ。不機嫌そうに眉を寄せた彼の顔がずいと眼前に近づく。いつものしかめ面、でもそれが彼の照れ隠しの表情であることは承知のところだったので、(ああかわいいなあ、本当にかわいいなあ、手を繋いでほしいなあ、そんなコーヒーに右手を預けるよりたぶんずっとあたたかいのに、ああでもそれよりそんなことよりできればキスしてはくれないだろうか、いとしくてしょうがない、あまったるくてあまったるくてどうしようもない、そのコーヒーの一口でもほしいくらいだ)
「何だ、おまえ、」
今日はいつにもましてニヤニヤしてんなあ、なんてとんでもなく失礼な呟きでさえ、(そんな些細なことを気付くのなんて本当はあなただけなんですよ、ああでもあなたのせいですから当然ですかね)
望んだ距離まで、あと数センチ。つめたいくちびるまであと何秒だろう?
チャリユーザーでないがためにチャリユーザーキョンとの価値観の相違が激しい古泉が書きたかったんです(そもそもテーマが違う)ハニーさんこれでよろしければどうぞー!