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最寄りスーパーまで約3キロだとか、駅まで徒歩一時間だとか車がないととても生きていけないような田舎町のバス停といえばそれはもう閑散としたもので、そんな田舎でしかもこんな真っ昼間にバスに乗る人(朝は学校のない山中らしく、毎日健気に10キロとか20キロ離れた学校に通う学生たちが主なバス利用者になるのだ。会社員はいない。マイカーがあるからな)といえば自分で運転して事故っちゃ大変と言わんばかりのご年配の方々である。
「あらぁ、キョンくん来てたのかい」
「はぁ、」
「大きくなって・・・」
「これ、持って行きなさい」
「はぁ、どうも・・・」
子供と年寄りに滅法人間な男なのである、俺は。久々の帰省は何やら大人の事情で冬休みフルでこの田舎、ということになってしまったのだが、こんな辺鄙なところに来てまでこんな再確認などして、いったい何になるというんだろうね?笑顔により皺を深くした(おそらく)ばあちゃんの知り合いであろうばあちゃんに握らされたのは今にも旬なんですよー!と声高に叫び出しそうな梨。今こそと言わんばかりに存在をアピールする重量級のそれを握らされ、俺は頭を下げた。
「重いっすねぇ」
「ウチで作ったやつだからねぇ、実もいっぱいつまってるよ」
「ありがとうございます」
「いいえいいえ。もっと食べていい男にならないとねぇ」
「ははっ」
まったくもって田舎情緒とはいいものだ。
始めのうちはバスなんか出費はかさむし本数も少ないし、その上のろのろとしか進まずこれからの二週間を憂いたものだが、どうせあと二週間、しかも(もし来る機会があるのなら)来年には車の免許も獲得できるのだし、バス賃はちょっと隣町まで問題集を買いに行くといえばばあちゃんが出してくれることが分かった。どうせ二週間だけならならせいぜいバスの風情を楽しもうじゃないか。
まあ今日は俺が乗るわけじゃないのだけど。
「今日は彼女とデートかい」
「いやいやそんな。野郎ですよ」
「どうだかねぇ」
友達というのはみなさんご察しのとおり、我らがSOS団副団長にして超能力少年の古泉である。都合により説明しとくと、もうデキ上がってるぞ。よって本当のことを云うとばあちゃんの彼女とデート発言はニュアンス的には正解である。
だが田舎の伝達力というのはそりゃもうすごく、俺達がとうてい予想しえないルート(知人の家族の知人の知人の親戚の知人からとか)やら伝達手段やら壮絶なものがあるので、余計なことは云わずに黙っておく。田舎というのは偏見も強い。たしかに「彼女」ではないのだから嘘はついてないしな。
「あ、」
「ああ、来たね。じゃあね、キョンくん」
ああお気をつけてー。手を降って梨のばあちゃんはバスに乗車し、入れ違いに古泉が下車した。相も変わらず無駄に顔がいいこの男の垢抜けた様子に、ばあちゃんはすれ違いざま躊躇いもなく「いい男ねぇ」とポケットからチョコを取り出して渡した。「ありがとうございます」生粋の都会っ子であろう古泉だが、ハルヒというわがまま神様のお守り役はさすがに順応能力もピカイチであった。知らない人から物をもらってはいけません!という小さい頃の教えは全然役に立っていないようだが。
いつものニコニコスマイルで近づいてきた古泉に片手で答える。
「よお」
「こんにちは、いいところですね、」
「まあな、ちょっと辺鄙すぎるのが欠点だが・・・―――すまんな、こんなとこまで呼び付けちまって、」
「いえ、とんでもないです」
古泉はそこまで云って言葉を切った。んーっ、と普段からは想像のつかない間抜けな声でバスに揺られ続けて凝り固まった身体を解すように大きく伸びをし、そして深呼吸。細めた目の奥、ひどく繊細な光は上機嫌を伝えている。学校ではなかなか見られない表情だ。誘って正解だったと心の中でひとりガッツポーズしているところに古泉の声。
「本当にいいところです。空気もおいしいですし、さぞかし星も綺麗でしょうね」
・・・ああそうか、こいつの趣味は天体観測だったか。上機嫌の理由はそれかと云うと、それこそシャミセンのひげの先ほどの躊躇いもなくはい、と返される。む、ちょっと面白くない。
「約束、でしたよね」
俺にも星教えてくれよ。夏に云ったデートの口実。そんなしょうもない下心の産物をこいつは純粋に覚えていたらしい。花が綻び始める瞬間みたいにはにかんで笑う古泉。半年前の邪心に満ち満ちた俺を射殺したい。
「こんな形で叶うとは、思っていませんでした」
嬉しい、そうして隣で奴が笑った気配を感じ、なんとなくしあわせになる。もう一度、貴重なはにかみ笑顔を拝んでおこうと振り返ると、鼻の頭を赤くさせ始めた古泉に気付き、俺はその鼻先にちょんと唇をつけた。
冬の夜長、やりたいことがいっぱいあるんだ。
まずはお前と、何をしよう?