好きなひとがいます、誰よりも何よりも愛しくて護りたくて守られたくてそばにいたい、そんなひとがいます。
俺なんかには過ぎたものです。すべてにおいて俺のこの感情はおこがましいと云う以外、何物でもないものです。例えば、俺は彼の部下で、本来ならとても卑しい蔑まされるべき男です。仲間が死のうと殺そうとそれが仕事ならしょうがないと思えてしまう倫理観の欠片もない非道鬼畜人非人と呼ぶにふさわしい男です。自分が生き残るためには手段は選びません。他人の血肉を喰らい、心を弄んでも自分が生きるためならやむを得ないではないですか。
とんでもない男だ、最悪の男だと分かってもらえたと思います、どうぞ俺のことを罵ってくれて構わない。俺は一切気にはしないから。
比べて、彼はとても正しい人間です。適切かそうでないかは問題ではありません、彼は正しいと自らが感じることを疑いもせずに実行する無鉄砲な馬鹿野郎です。そのためにどんな危険に見舞われようとも全く学習しません。更に大馬鹿野郎です。どうでもいいけど算盤とか漢詩とかそんなんも全く駄目なので、本当の本当に馬鹿な大馬鹿野郎です。
俺なんかに、馬鹿のように言葉を紡ぎ、笑いかけて、あたたかい腕をくれるのです。同じ目線に這いつくばって、時には木に上ったり、水の中に潜ったりしながら、馬鹿みたいに開け放した、きらきらした顔で笑うのです。俺が今持っているものを得るために捨てた、チャチでくだらないものたちを丁寧に拾い集めては惜し気もなく俺に放り投げてくるのです。
俺のほしいものは全部彼が持っていました。
俺のほしいものは彼の全部になっていきました。
彼が好きだと、思いました。思っています。思っているのです、今も、まだ。
(だからごめんね、旦那、)
彼の最期の願いは、俺が生き延びることだったそうです。だから、俺にいかにも重要そうな偵察を頼んで俺の留守中に屋敷を出、死地に赴いたのだそうです。武士の居場所のないこの世の中で最期の一花を咲かせようと、俺に―――常日頃、俺なんかのことを一番の部下だと臆面もなく言ってのけていたというのに、その俺に、です―――何も言わず、ひとりで死にに行ったのだそうです。すべて、彼の下手くそな文字が教えてくれました。馬鹿な大馬鹿野郎に相応しい馬鹿らしさに、久しぶりに涙を零しました、恐ろしいことに、俺は悔しいと思ってしまっていたのです。
馬鹿な彼には彼なりに葛藤というものがあったのかも知れません。本当の正しさに迷って苦しんだのかも知れません。でもそんなことは知ったことではありません。
彼は彼の正しい答えを選んだのです。俺は俺の正しい答えを選ぶべきではありませんか。
(ごめんなさい、ごめんね、旦那)
適切な答えでなくとも、それでいいんだと彼は云ったのだから、部下である俺がそれに従うのは道理です。
好きなひとがいます、誰よりも何よりも愛しくて護りたくて守られたくてそばにいたい、そのひとはまだ、この世にいます。
あなた以外に、この俺がこの世界に、何を望むというでしょう。
人に非ずと罵られる俺は、今、その力をもってあなたのもとに向かいます。人でなければ、それでもいい。妖(あやかし)だって、化物だって、けものだってかまわない(こんなことを云うとあなたはひどく怒るのだろうけど)。
俺の得たものは、すべてあなたのために使われるべき爪だったり、牙だったり、刀だったり、鎧だったり、そんなものばかりです。あなたみたいに他人が欲しがるものは何ひとつないけれど、それが、その力があなたの牙になり、盾として果てるなら、どんなに幸せでしょう。どんなに本望でしょう。あなたの為に、できることならあなたの隣で果てる、それだけで、俺は幸せです。
それだけで、いいのです。
駈ける獣
大遅刻で大阪夏の陣・真田殉職幸佐文……書かないと気が済まなかった。ついポッとなってやった。後悔はしていない。
さすけのネガティブ思考で憎しみが愛になる、そんな我が家の戦国劇場です。
佐助大好きだ・・・